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    • 2011/06/03/Fri 00:01:19
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    • CATEGORY:報告

    お世話になった利府高校

    先日の日曜日夜 私達が被災地で活動している都民ボランティアの活動状況などを
    収録した模様が東京MXでテレビ放送されました  
    私達と入れ違いに参加したメンバーが取材を受けていたようです

    内容は現地での活動風景はもちろんの事 私達の宿泊所としてお世話になった 
    宮城県立利府高等学校での共同生活や宿泊所としての閉所式の模様も放送されて
    いました

    当時は 地元関係機関のご厚意で利府高校を宿泊所としてご用意して下さった
    ものなので 近親者以外には公表しない様にと事前に言われていました
    なので公表はしなかったのですが 既に閉所し放送もされましたので当時お世話に
    なった利府高校でのお話を少ししたいと思います

    私達約70名が当時1週間活動するにあたって寝食する場所を提供して貰ったのが
    学校内にある100名程の寝泊りが可能な合宿所でした

    1階が食堂になっていたので朝食や夜食をここで食べ またミーティングも毎日ここで
    行ったりもしました
    2階が寝床でお風呂も入浴させて頂けました  全員寝袋で寝るのですが寝床は畳が
    敷いてあったので有難く感じました

    食事は各自高校近くのコンビニやスーパーで買う事も出来ましたし また都が用意して
    くれていた非常食も多少頂く事も出来たりしました

    見ず知らずの者が1週間とゆう短い間だけでも団体行動するだけに 自然とルールなりが
    出来るのも必然的でした  各班ごとに色々な当番が決まったりしました

    利府高校は文武両道を掲げている学校で 特にスポーツ部の硬式野球・サッカー・陸上は
    全国大会に幾度となく出場しているなど 全国に名の知れた優秀な学校なんだと知りました  

    そうゆう学校の生徒達だけに活動期間中 朝夕に会うと必ずお辞儀をして 有難うございます
    って言ってくれるんです
    また正門横にもお礼の横断幕を作ってくれたりもしてくれていました

    そして1週間の活動を終え東京に向け利府高校を出発する日 朝から全員で車の洗車や合宿所の
    そうじをし 私達と入れ違いで入ってきた次のメンバー達の顔合わせと引継ぎを終えて
    バスに乗り込み学校を後にする時 数名の生徒さんがお見送りに来てくれて手を振ってお別れ
    してくれ 一人は正門前の点滅信号機をわざわざ操作して私達をお見送りしてくれました
    車内でもみんな窓を開けて ありがとうーがんばれよ って声を出してお別れしました

    参加したメンバーはきっと利府高校での生活は忘れられないものになったと思います
    そして目には見えない深いご縁で結ばれていた事に感謝の気持ちでいっぱいになりました

    宮城県立利府高等学校のみなさん ほんとうにありがとうございました!
    宮城県の復興は君達若者の手に懸かっています!

    ひいては君達の未来­は「日本の未来」と共にあります!!
     
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    • Tag :
    • 宮城県立利府高等学校
    • 2011/05/26/Thu 00:18:21
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    • CATEGORY:報告

    ボランティア活動の報告

    みなさんこんにちは ご無沙汰しています
    先般の告知通り 先週の17日から1週間 再度ボランティア活動に行ってきました

    宿泊拠点を今回は岩手県一関市に置きながら 宮城県気仙沼市と岩手県陸前高田市の両県で
    活動する班と 気仙沼にある離島大島で民宿に泊まりながら専従活動する班とに分かれての活動でした

    それで今回私は離島大島で1週間の専従活動をしてきました

    ご存知の方も多いと思いますが 震災後 孤立していた大島に米軍がトモダチ作戦の一環として
    海兵隊員約300人を派遣し車やがれきなどを撤去してくれたあの島です

    大島は前から横から後ろから津波に襲われた島でした

    そこでここからは大島で活動中に私の五感で感じた事を きちんと皆様にお伝えする事が大切と思い
    箇条書きで少し長文になりますが読んで大島の現状を知って欲しいなと思います

    【大島に着岸するまで】
    ・今回初めて気仙沼に入りカーフェリーで大島に向かいました
     フェリーからでしか見れない光景はまた違った感じを覚えました  
    ・気仙沼漁港一帯は奥深くまで壊滅していて 大型漁船は数隻燃え尽き また乗り上げてもいました
    ・漁港近くで家屋が焼失している地域一帯もありました
    ・気仙沼港周辺はほんとに山がきれいで風光明媚な所だったんだと知りました
    ・やはり気仙沼港周辺の臭いは大変なものがありました
    ・大島に着岸すると目の前にフェリー2隻が陸に乗り上げたままの状態で港周辺は壊滅状態でした
    ・港のすぐそばにある山の斜面中腹あたりに 車がひっくり返ってへばり付いていました

    【主な活動】 
    ・漁師さんの地区で津波で流された大量の漁具の整理とその撤去を50人程で
    ・乾いた田んぼ内にある流されてきたがれき類の撤去
    ・個人宅では床下のドロ出しと家財類などの撤去と搬出

    【大島の被害現状】
    ・米軍がまず道路を使える様にしてくれたそうなので車での通行は可能でしたが
     それ以外は2ヶ月経過した今でも当時のままで全く手付かずの状態で心が痛みました
    ・私達がお世話になった民宿にも10世帯20人程の方が二次避難されていました
    ・ライフラインはつい最近まで断水していたそうです 電話はつながりません
    ・自衛隊の活動は入っていませんので お年寄り達だけで片付けをしている現状です

    【活動していて辛く感じた事】
    ・引きだしの中の大切な思い出の詰まった多くの写真やアルバムを全て捨てて下さいと言われた時
     心で謝りながら処分しました  だけどアルバムだけはそっと置いてきました
     リセットしたいお気持ちが伝わってくるのですが やはり辛い作業でした

    【ご馳走になった食べ物】
     活動先では必ずといっていいほど食べ物や飲み物をお出しして下さいます
     そのお気持ちは頂く事にしています
    ・冷たいペットボトルのジュース
    ・おばあちゃんがすれ違い様に手渡してくれたチョコレート
    ・通りすがりのあばあちゃんがくれた黒飴
    ・茶菓子としてだしてくれた救援物資のビスケット
    ・一度は海水に浸かった新品1ケースの缶コーヒー
    ※・竹の子としらす入りのおにぎり
     かぼちゃの煮物
     鮭の塩焼き
     ようかん
     ※これは津波で経営していた食堂を流されたお母さんが用意してくれた昼ごはんです
      私達には幕の内弁当があったのですが それは持ち帰って宿舎で食べることにしました
      わざわざ私達の為に朝早くから作ってくれた そのお気持ちがほんとにうれしかったです
      おいしいと言って食べてもらえるのがうれしいのとお母さんは言っていました

    【大島で見たもの】
    ・小高い所に建つ1軒の壊れた家を見た時 10m以上の津波が襲ってきた事が分かった
    ・砂浜に立っている手作りの供養碑
    ・活動期間中 大島の小学校で小中合同の運動会がありました 
     おじいちゃんもおばあちゃんも みんな嬉しそうに笑顔で小学校に向っていました
    ・大島の運動会は大漁旗をたくさん吊るします
    ・ある日の夕方 気仙沼で火事が発生し真っ黒なものすごい煙をあげていました
     〇〇町で火事が発生していますとアナウンスが流れていました 
    ・ボランティアのみなさんありがとう と書かれた手書きの横断幕

    【大島の人達】
    ・お年寄りが多い島ですが とにかく元気で前向きで明るい方が多かったです
    ・普段から津波の訓練をしていたそうなので 亡くなられた方は少なかったそうです

    【現地の方々が話してくれた言葉】
    ・地元の魚を震災以降全く食べてないんだ(漁師さん) 
    ・あなた達の事は一生忘れません(漁師さん)
    ・気仙沼の人達がゆうには 大島の人は皆死んだと思ったらしい
     大島を覆いつくす程の津波を見たらしいので
    ・大島から少し沖合いにある二つの島を津波が乗り越えてきたのを見た
    ・今はここからきれいに海が見えてるけど震災前までは見えていなかったのよ
    ・気仙沼の大型漁船から火の手が上がった原因は 漏れ出た油に発泡スチロール同士の摩擦で
     引火したとしか考えられない
    ・ありえない 気仙沼から燃えた物が漂流し海を渡って大島にたどり着き大島の山が燃えるなんて
    ・まだ燃える物があったの・・・火事で煙があがっているのを見て一言つぶやかれました
    ・備蓄出来る食材が無くて一番困っている

    【感動したエピソード】
    ・活動最終日に行った個人宅で感動の再会に遭遇しました
     2階で作業をしていたら 家の所有者でないご夫婦が突然声を出して上がってきました
     なんだろうと思ったら以前から飼っていたペットのネコがこの2階にまぎれこんでいる事が
     分かったらしく名前を叫ぶんです
     私らも2階で作業を始めてすぐ子猫の鳴き声がするのに気付いてその隠れている場所を探し
     子猫は見つけていました
     ただそのご夫婦が探しているのはその子猫ではなく その親猫だったんです
     ご夫婦から静かにしてくれますかと言われたので私達も作業を一旦中断 
     そして名前を呼び続けていたら違う場所からその呼ぶ声に反応するネコの声がするんです
     ご夫婦もそれに反応してもっと呼ぶんです そうしたら1匹のネコが我々の前に現れたんです
     どうやら間違いなくペットとして飼っていたネコらしく 死んだと思っていたペットと震災以来の
     再会を果たします 2ヶ月ぶりです
     だけどそのペットのネコは中々飼い主に近づこうとしません
     怯え怖がっているようで 飼い主は再度私らに少し隠れて下さいとゆうので ネコの視野に
     入らないように身を隠しました
     そうしたら私らを避けるかのように一瞬にして階段を駆け下って1階へ下りていきました
     その駆け下りる姿を一瞬目にした時に何とも言えない感動を覚えました
     そしてその後どうなったか確認せずに作業を続け1階に荷物を降ろしに行った時に
     そのネコは飼い主が用意したエサをおいしそうに食べていました
     しかし今にして思うとあれだけの津波の中をよくも生き延びれたものだなと不思議に思います
     それで私らが発見した子猫はそのペットが生んだ子猫らしく 人の手で触ったらいけないそうで
     またそのご夫婦が確保しに来るとの事でした
     まさかほんとにこんなドラマチックな場面に遭遇できるとは思いもしませんでした

    【大島の印象】
    ・大島は自然に恵まれたほんとうにきれいな島です 
    ・砂浜もきれいで 大島から見える風景も絶景です
    ・海の幸の宝庫です
    ・自生している花々もきれいで 中でも椿や桜がきれいなことで有名だそうです 

     
     大島での報告はこれぐらいにしたいと思います 

     いつの日か必ずまた大島に行きたいと思う気持ちになりました
     復興した大島を自分の目で見て お手伝いさせて頂いた場所にも行きたいと思います
     昼ごはんを作ってくれたお母さんの食堂で海の幸をお腹いっぱい食べたいと思います


    最後に 活動最終日一関の拠点に戻るまで少し時間があったので 陸前高田市の市街地を
    見てきました  前回南三陸町を訪れた時はあまりの惨状に東京に戻ってからも惨事ストレス
    で気力がしばらく出なかったのですが 陸前高田市の惨状は南三陸町の数倍の規模でした

    もうただ何も無い広大な市街地を見て呆然とするだけで 現実として受け止められませんでした
    一関市の拠点に戻ってから改めて南三陸町と陸前高田市の地形を地図で見比べたら どちらも
    V字とU字の湾になっていて遮るものもなく 受け口になってしまったのが被害をここまで大きく
    したのかも知れないと感じました 

    同乗していたメンバーも今回初めて陸前高田市の様な惨状を目の当たりにして辛かった事だろうと
    思いますが 惨事ストレスは個々に程度の差こそあれ誰でもかかるそうで 時間の経過と共に
    自然と治まるものだそうです  

    私は今後も出来るだけ東北の現地でボランティア活動を続けていきたいと考えています
    長文になりましたが 最後までお読み頂いてありがとうございました
     
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    • 大島
    • 陸前高田市
    • 気仙沼
    • 2011/05/10/Tue 02:22:52
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    • CATEGORY:報告

    報告

    しばらく更新を休んでいた間 色々とご心配をお掛けしてしまいました
    私は無事に戻ってきております

    先月の17日から1週間ブログに告知した通り 宮城県の石巻と東松島に
    ボランティア活動をしてきました  その報告を少しさせて頂きます 

    実際現地を見ると やはりテレビで伝えれることって限界があることを
    知りました 目に飛び込んでくる情景すべてが信じられずショックで言葉が出ませんでした

    活動へ行く所全てが沿岸部の地域で街は壊滅したまま手付かずの状態でしたし 自衛隊の
    方々20人程が川の中で行方不明者を探している付近での活動であったりもしました

    活動内容は 津波で家の中に流されてきたそこに住む人々にとっては大切であった思い出の
    ある家財道具などの気持ちが辛い撤去や水没してしまった家財の搬出や泥のかき出しを
    中心にさせて頂きました  私が見たのはけしてガレキなんかではありませんでした
    その他に避難所にもなっている小学校の教室の磨きそうじもさせて頂きました

    行く先々でみなさん涙を流されていました 
    小学校の活動を終え私達が帰る時に先生15人程がわざわざ玄関先まで出てきてくれて
    整列し涙を流しながらお礼をおっしゃってくださいもしました

    やはり現地の方々はいっぱいいっぱいで ほんとに苦悩されています
    被害の範囲があまりにも広すぎて ボランティアも全国から多勢参加されているの
    ですが それでも全く足りない状況にあると感じました

    そして最終日に被害の大きかった南三陸町志津川にも行ってきました
    もう街は全滅していて正直長くその場にいる事が出来ませんでした あまりにも
    その情景が痛ましく辛くて車から降りる事も出来ませんでした

    もうこれぐらいにしておきます

    ボランティアから帰ってきたあともしばらく気が重たくブログを更新出来なかった
    のが正直なところです

    けど折を見て苦悩されている方々の手助けを今後もさせて頂きたいと思っています
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