FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • web拍手 by FC2



    • 2011/05/26/Thu 00:18:21
    • COMMENT:1
    • TRACKBACK:0
    • CATEGORY:報告

    ボランティア活動の報告

    みなさんこんにちは ご無沙汰しています
    先般の告知通り 先週の17日から1週間 再度ボランティア活動に行ってきました

    宿泊拠点を今回は岩手県一関市に置きながら 宮城県気仙沼市と岩手県陸前高田市の両県で
    活動する班と 気仙沼にある離島大島で民宿に泊まりながら専従活動する班とに分かれての活動でした

    それで今回私は離島大島で1週間の専従活動をしてきました

    ご存知の方も多いと思いますが 震災後 孤立していた大島に米軍がトモダチ作戦の一環として
    海兵隊員約300人を派遣し車やがれきなどを撤去してくれたあの島です

    大島は前から横から後ろから津波に襲われた島でした

    そこでここからは大島で活動中に私の五感で感じた事を きちんと皆様にお伝えする事が大切と思い
    箇条書きで少し長文になりますが読んで大島の現状を知って欲しいなと思います

    【大島に着岸するまで】
    ・今回初めて気仙沼に入りカーフェリーで大島に向かいました
     フェリーからでしか見れない光景はまた違った感じを覚えました  
    ・気仙沼漁港一帯は奥深くまで壊滅していて 大型漁船は数隻燃え尽き また乗り上げてもいました
    ・漁港近くで家屋が焼失している地域一帯もありました
    ・気仙沼港周辺はほんとに山がきれいで風光明媚な所だったんだと知りました
    ・やはり気仙沼港周辺の臭いは大変なものがありました
    ・大島に着岸すると目の前にフェリー2隻が陸に乗り上げたままの状態で港周辺は壊滅状態でした
    ・港のすぐそばにある山の斜面中腹あたりに 車がひっくり返ってへばり付いていました

    【主な活動】 
    ・漁師さんの地区で津波で流された大量の漁具の整理とその撤去を50人程で
    ・乾いた田んぼ内にある流されてきたがれき類の撤去
    ・個人宅では床下のドロ出しと家財類などの撤去と搬出

    【大島の被害現状】
    ・米軍がまず道路を使える様にしてくれたそうなので車での通行は可能でしたが
     それ以外は2ヶ月経過した今でも当時のままで全く手付かずの状態で心が痛みました
    ・私達がお世話になった民宿にも10世帯20人程の方が二次避難されていました
    ・ライフラインはつい最近まで断水していたそうです 電話はつながりません
    ・自衛隊の活動は入っていませんので お年寄り達だけで片付けをしている現状です

    【活動していて辛く感じた事】
    ・引きだしの中の大切な思い出の詰まった多くの写真やアルバムを全て捨てて下さいと言われた時
     心で謝りながら処分しました  だけどアルバムだけはそっと置いてきました
     リセットしたいお気持ちが伝わってくるのですが やはり辛い作業でした

    【ご馳走になった食べ物】
     活動先では必ずといっていいほど食べ物や飲み物をお出しして下さいます
     そのお気持ちは頂く事にしています
    ・冷たいペットボトルのジュース
    ・おばあちゃんがすれ違い様に手渡してくれたチョコレート
    ・通りすがりのあばあちゃんがくれた黒飴
    ・茶菓子としてだしてくれた救援物資のビスケット
    ・一度は海水に浸かった新品1ケースの缶コーヒー
    ※・竹の子としらす入りのおにぎり
     かぼちゃの煮物
     鮭の塩焼き
     ようかん
     ※これは津波で経営していた食堂を流されたお母さんが用意してくれた昼ごはんです
      私達には幕の内弁当があったのですが それは持ち帰って宿舎で食べることにしました
      わざわざ私達の為に朝早くから作ってくれた そのお気持ちがほんとにうれしかったです
      おいしいと言って食べてもらえるのがうれしいのとお母さんは言っていました

    【大島で見たもの】
    ・小高い所に建つ1軒の壊れた家を見た時 10m以上の津波が襲ってきた事が分かった
    ・砂浜に立っている手作りの供養碑
    ・活動期間中 大島の小学校で小中合同の運動会がありました 
     おじいちゃんもおばあちゃんも みんな嬉しそうに笑顔で小学校に向っていました
    ・大島の運動会は大漁旗をたくさん吊るします
    ・ある日の夕方 気仙沼で火事が発生し真っ黒なものすごい煙をあげていました
     〇〇町で火事が発生していますとアナウンスが流れていました 
    ・ボランティアのみなさんありがとう と書かれた手書きの横断幕

    【大島の人達】
    ・お年寄りが多い島ですが とにかく元気で前向きで明るい方が多かったです
    ・普段から津波の訓練をしていたそうなので 亡くなられた方は少なかったそうです

    【現地の方々が話してくれた言葉】
    ・地元の魚を震災以降全く食べてないんだ(漁師さん) 
    ・あなた達の事は一生忘れません(漁師さん)
    ・気仙沼の人達がゆうには 大島の人は皆死んだと思ったらしい
     大島を覆いつくす程の津波を見たらしいので
    ・大島から少し沖合いにある二つの島を津波が乗り越えてきたのを見た
    ・今はここからきれいに海が見えてるけど震災前までは見えていなかったのよ
    ・気仙沼の大型漁船から火の手が上がった原因は 漏れ出た油に発泡スチロール同士の摩擦で
     引火したとしか考えられない
    ・ありえない 気仙沼から燃えた物が漂流し海を渡って大島にたどり着き大島の山が燃えるなんて
    ・まだ燃える物があったの・・・火事で煙があがっているのを見て一言つぶやかれました
    ・備蓄出来る食材が無くて一番困っている

    【感動したエピソード】
    ・活動最終日に行った個人宅で感動の再会に遭遇しました
     2階で作業をしていたら 家の所有者でないご夫婦が突然声を出して上がってきました
     なんだろうと思ったら以前から飼っていたペットのネコがこの2階にまぎれこんでいる事が
     分かったらしく名前を叫ぶんです
     私らも2階で作業を始めてすぐ子猫の鳴き声がするのに気付いてその隠れている場所を探し
     子猫は見つけていました
     ただそのご夫婦が探しているのはその子猫ではなく その親猫だったんです
     ご夫婦から静かにしてくれますかと言われたので私達も作業を一旦中断 
     そして名前を呼び続けていたら違う場所からその呼ぶ声に反応するネコの声がするんです
     ご夫婦もそれに反応してもっと呼ぶんです そうしたら1匹のネコが我々の前に現れたんです
     どうやら間違いなくペットとして飼っていたネコらしく 死んだと思っていたペットと震災以来の
     再会を果たします 2ヶ月ぶりです
     だけどそのペットのネコは中々飼い主に近づこうとしません
     怯え怖がっているようで 飼い主は再度私らに少し隠れて下さいとゆうので ネコの視野に
     入らないように身を隠しました
     そうしたら私らを避けるかのように一瞬にして階段を駆け下って1階へ下りていきました
     その駆け下りる姿を一瞬目にした時に何とも言えない感動を覚えました
     そしてその後どうなったか確認せずに作業を続け1階に荷物を降ろしに行った時に
     そのネコは飼い主が用意したエサをおいしそうに食べていました
     しかし今にして思うとあれだけの津波の中をよくも生き延びれたものだなと不思議に思います
     それで私らが発見した子猫はそのペットが生んだ子猫らしく 人の手で触ったらいけないそうで
     またそのご夫婦が確保しに来るとの事でした
     まさかほんとにこんなドラマチックな場面に遭遇できるとは思いもしませんでした

    【大島の印象】
    ・大島は自然に恵まれたほんとうにきれいな島です 
    ・砂浜もきれいで 大島から見える風景も絶景です
    ・海の幸の宝庫です
    ・自生している花々もきれいで 中でも椿や桜がきれいなことで有名だそうです 

     
     大島での報告はこれぐらいにしたいと思います 

     いつの日か必ずまた大島に行きたいと思う気持ちになりました
     復興した大島を自分の目で見て お手伝いさせて頂いた場所にも行きたいと思います
     昼ごはんを作ってくれたお母さんの食堂で海の幸をお腹いっぱい食べたいと思います


    最後に 活動最終日一関の拠点に戻るまで少し時間があったので 陸前高田市の市街地を
    見てきました  前回南三陸町を訪れた時はあまりの惨状に東京に戻ってからも惨事ストレス
    で気力がしばらく出なかったのですが 陸前高田市の惨状は南三陸町の数倍の規模でした

    もうただ何も無い広大な市街地を見て呆然とするだけで 現実として受け止められませんでした
    一関市の拠点に戻ってから改めて南三陸町と陸前高田市の地形を地図で見比べたら どちらも
    V字とU字の湾になっていて遮るものもなく 受け口になってしまったのが被害をここまで大きく
    したのかも知れないと感じました 

    同乗していたメンバーも今回初めて陸前高田市の様な惨状を目の当たりにして辛かった事だろうと
    思いますが 惨事ストレスは個々に程度の差こそあれ誰でもかかるそうで 時間の経過と共に
    自然と治まるものだそうです  

    私は今後も出来るだけ東北の現地でボランティア活動を続けていきたいと考えています
    長文になりましたが 最後までお読み頂いてありがとうございました
     
    スポンサーサイト
  • web拍手 by FC2



    • Tag :
    • 大島
    • 陸前高田市
    • 気仙沼

    COMMENT

    こんばんは。
    おかえりなさい。そしてお疲れ様でした。写真を撮ってはいけない理由はどんなことでしょうか。今、復興に向けて被災者が見えない政局になっています。赤十字もお金抱えたままです。政治を変えなければ国が動かないならベンチマンさんのような人々が動かすってできないかと思いました。
    NAME
    TITLE
    MAIL
    URL
    PASS (削除時に必要)
    SECRET 管理者にだけ表示を許可する
    COMMENT&
    DECORATION

    TRACKBACK

    トラックバック

    http://benchnoaruhuukei.blog.fc2.com/tb.php/24-d1ee873a

    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    カレンダー
    08 | 2018/09 | 10
    - - - - - - 1
    2 3 4 5 6 7 8
    9 10 11 12 13 14 15
    16 17 18 19 20 21 22
    23 24 25 26 27 28 29
    30 - - - - - -
    プロフィール

    ベンチマン

    Author:ベンチマン
    東京都在住
    出身地 大阪府

    最新トラックバック
    アクセスランキング
    [ジャンルランキング]
    写真
    10935位
    アクセスランキングを見る>>

    [サブジャンルランキング]
    風景
    3536位
    アクセスランキングを見る>>
    検索フォーム
    QRコード
    QR
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。